3月 27th, 2012
二十歳までは、何もかも親の世話になっていてそれが当たり前だったから、お金に困った事も無かったし苦労もしたことなかった。
不都合な事は何もかも親のせいにして、親のスネをかじって生きて来ました。
だから口から出るのは綺麗事ばかり。
「お金よりも大切なものがある」なんて事を、その真意すら知らずに語っていました。
二十歳をすぎて、初めて家を出て一人暮らしを始めてお金の大切さと言うものを生まれて初めて感じました。水一つにもお金がかかり、家賃・電気・水道・携帯・食費・生活費・インターネット料金…月にすごい額の請求書が来るので「生活していくって大変な事なんだな」って初めて知りました。
到底、アルバイトだけではお金はギリギリです。
仕事だけじゃなくて、遊びたいしお洒落もしたい。だから出費は嵩む一方です。
そんなギリギリの生活をする上でお金に困った時もあります。
生まれて初めて「お金に困る」と言う事を経験して、「お金がないと何も出来ない」と言う現実を目の当たりにしました。
そんな時に心の支えになったのが親の存在で、今まで当たり前だと思っていた事が当たり前ではなかったんだと言う事を知った瞬間でした。
それから周りに対する感謝の気持ちが芽生え、お金に対する価値観もお金の使い方に関する価値観も変わってきたと思います。
お金よりも大切なものはあると思います。しかし、その大切なものを守るためには「お金」が必要だと言う事も分かりました。
生活に支障が無いくらいの必要最低限のお金があって初めて「お金よりも大切なものがある」と言う事を胸を張って言えるものなんじゃないかと思うようになりました。
大切な人、大切な家族が病気になったとき、または自分が病気になった時に助けるためにもお金は必要だし、自分のせいで借金地獄に陥って大切な人たちに迷惑をかけてしまったら「お金よりも大切なもの」を失う結果になってしまいます。
だからこそ、大人として最低限のお金を大切にした上で、お金よりも大切なもののために「お金」を使えるような自分でありたいです。
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3月 14th, 2012
2011年3月11日。それは日本人にとって決して忘れられない日となった。あの日、東京にいた私は用事があって銀行に行き窓口での順番を待っていた。
その時、大きく長い揺れにお客さんだけでなく行員の女性たちも平静ではいられなかった。女性たちの上司らしき男性が、動かないようにと指示をしていた。
平日の昼間ということもあって、子どもを連れた主婦の姿もあったが幼き故に何が起こっているのかわからないのか決して泣き出すことはなかった。
揺れが一旦終息したものの、吐き気が止まらず順番を待つことを止めて家路についた私は、とにかく家に帰らなければという思いだけが支配していた。
自宅の側まで帰ったものの、揺れは断続的に続き思わず塀にしがみついていた。当時引っ越して1ヶ月だったそのマンションの管理人さんとそこで初めて出会い、会話を交わした。何を話したかは覚えていないが。
テレビを付けると、時間が経つにつれて被災地の惨状が映し出され、街を飲み込んだ津波の映像も繰り返し流された。この映像が後に多くのPTSD患者を生み出すことになろうとは、伝えるべき側のマスコミは果たして思いを巡らせただろうか。
地震直後は電話もつながらず、メールもできない。実家の両親や兄弟、友達からも多数連絡があったことに気付くのは1日が過ぎてからだった。
そしてしばらくはスーパーやコンビニでも水や食料などの物不足が起こったことは記憶に新しいだろう。深夜遅くまでコンビニやスーパーを巡り物資を確保している家族の姿もよく見かけた。さすがに人数動員ができる家族世帯はこういう時に力を発揮する。
あまり子供を遅くまで連れまわすのもどうかと思ったが、あの異常な状況下では致し方ないことだったのだろうと今にして思う。
3月11日には震災関連の慰霊祭など各地で執り行われるのだろう。テレビも震災関連の報道を長時間流す予定だそうだ。テレ朝に至っては14時間とか。亡くなった方への鎮魂を願うのはともかく、地震当時のようにマスコミの報道が震災関連番組一色になるのもどうなのかとは思う。
あれから1年。マスコミの対応も多数批判された、それが教訓となっていれば良いのだが。
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